「信用倍率」とその解釈のセオリー
「信用倍率」という言葉があります。
信用取引の「買い方」と「売り方」のマーケットにおける取り組み状況を表す指標で、「信用買い残÷信用売り残」で計算されます。
値が1よりも大きければ、買い残が売り残よりも多いことを示し、逆に1よりも小さければ売り残の方が買い残よりも多いことを示します(野村証券 証券用語解説集より)。
信用取引は反対の取引をすることで決済しますから、例えば売り残の方が多い状態を示す信用倍率<1の状態であれば、そう遠くない将来に売り残に対する買い需要が期待できると解釈され、株価が上向くことが期待されるようです。
セオリーが通用しない局面がある
とはいえ、どんなことでもセオリー通りにはならないことがあります。
「信用倍率」に関していえば、株主優待を実施している企業の権利確定前後がそれにあたると筆者は考えています。
百聞は一見に如かず。一つ例を挙げます。

表は、吉野家HD(9861)の2021年7月末から10月上旬の信用残の推移を示したものです。
吉野家HDは2月末と8月末に100株以上の株主に優待券を付与することで、個人投資家に非常に人気がある銘柄です。
7月の末から8月の末まで売り残が急激に増える週が続きました。
一方買い残はそれほど大きな変化がありません。結果として一番右端の信用倍率は同期間に大きく低下し、8月の最終週には0.05倍という低倍率になりました。
一方、9月第1週は売り残が前週比で約97%減少し、信用倍率は1.66倍でした。この変化の要因を筆者はいわゆる「優待クロス」の影響だと解釈しています。
「優待クロス」と信用取引
「優待クロス」とは、株主優待を実施している銘柄を売り建て、同時に現物も同じ量だけ買うことで、株価の変動をリスクヘッジしつつ、株主優待の権利を得ることができる取引のことです。
取引手数料と貸株料は必要ですが、株価の変動とは異なり、あらかじめ予測できるため、得られる株主優待と比較して、株主優待の価値の方が取引手数料と貸株料の合計を上回れば、「優待クロス」取引に取り組む価値があると判断されるようです。
このような取引は、株主優待の権利を得たらすでに買っていた現物を用いて現渡することで、信用売りを解消します。
貸株料を節約するためには、権利確定後翌営業日に実施するのがベストのタイミングとなりますので、権利確定後の信用売り残は大きく減るわけです。
株主優待の有無と権利確定月を確認する
前述した吉野家HDの場合、信用倍率が0.05倍だとわかって買っていても、本当の意味での「売り残」が多いわけではないタイミングがあるということです。
筆者は個人的に「優待クロスノイズ」と呼んでいます。
よって、信用倍率が継続的に低下している銘柄があったら、信用倍率だけを確認するのではなく、買い残も同様に変化しているのか、株主優待権利確定が近づいていないかなどを確認することをお勧めします。
また、「優待クロス」の対象になりやすい銘柄は、個人株主の保有比率が高い傾向があります。
前述した吉野家HDの場合も、個人保有比率が7割を占める銘柄です。

所有者別の保有割合は日本経済新聞のwebsiteで誰でも簡単に調べられますので、信用倍率と合わせて確認することをお勧めします。
まもなく、12月の株主優待権利を目的に同様な取引が増えていくことでしょう。
数字だけに騙されないように注意したいものです。
なお、吉野家HDは2022年2月期から株主優待制度を変更することを公表しています。
新たに200株~999株という区分ができたため、今まで100株しか取得していなかった「優待クロス」取引者が200株を取得しようとするインセンティブもありそうな変更であることを申し上げておきます。
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